抜歯か非抜歯か?
矯正治療においては、小臼歯(前から数えて4番目か5番目の歯)を抜歯して、そのスペースを利用して問題解決を図ることが古くから行われてきました。抜歯の対象となる代表的な不正咬合は二つあり、一つは叢生(凸凹歯のため、すべての歯を並べるためのスペースが不足)で、もう一つは両顎前突(上・下顎の前歯が両方とも突出していて、前歯と口元を後退させるためのスペースがない)です。このような問題を抱えたクライアントの診断に際しては、常に抜歯か非抜歯かの判断が求められますが、その識別には複数の要因がからんでいるため、われわれにとっては常に悩ましい問題となっています。
矯正歯科医が(少なくとも私が)日常的におこなっていることは、治療ゴール設定と称して、口元のバランスやスマイル時の前歯の見え方などを考えながら治療後の中切歯(1番前の歯)の望ましい位置を予測することです。そして、その治療ゴールをまずは小臼歯非抜歯で達成できるか否かを、CTなどのX線写真や歯列模型を用いて吟味します。ほとんどのケースでは多かれ少なかれスペース不足という答えが返ってくることから、それをどのようにして解消するかがポイントです。
小臼歯非抜歯で問題解決を図るためには3つの方法があります。すなわち、1.臼歯の遠心移動(奥歯を後方に移動させる)、2.歯列の側方拡大(横に拡げる)、そして3.ストリッピング(歯の幅をわずかに減らす)です。私の場合は1.を主にして、必要があれば2と3を加える方法を採用しています。そして、これらの方法を駆使しても小臼歯非抜歯で治療ゴール達成が難しいとなった場合に、はじめて小臼歯抜歯を検討します。すなわち、智歯(親知らず)を除く28歯で審美的にも機能的にも望ましい噛み合わせになることを最初に目指し、それが非抜歯では達成が困難な場合に小臼歯を抜歯するという思考過程です。
実は、歴史を振り返ると、抜歯か非抜歯かという論争は矯正歯科の黎明期からずっと続いています。それは、まるで振り子のように、時には抜歯が主流になったり、逆に非抜歯が高い割合をしめる時代になったり、揺れ動いています。では現代はどうかと言えば、21世紀になってアンカープレートやアンカースクリューという臼歯の遠心移動や歯列側方拡大を図るための固定源が開発されたことによって、かつてないほど非抜歯ケースが増加しているように思われます。
なお、これは矯正歯科における約束ごとですが、智歯だけの抜歯で治療が行われた場合は抜歯治療とは呼ばず、非抜歯治療として扱われています。私は智歯を戦略的に抜歯してそのスペースを利用して治療することが多いので、立派な抜歯症例と思っていますが、残念ながら智歯はそもそも存在していないかのような、とても悲しい扱いを受けています。