Column

矯正歯科はどのような医療か?

2024.01.13

皆様も驚かれるかも知れませんが、人類の長い歴史に比べて近代医療の歴史は意外に短く、英国で起こった産業革命の時代に始まったことから、まだ200年ほどしか経っていません。その中で、世界における矯正歯科の歴史はさらに短く、本格化したのが20世紀初頭ですから、120〜130年の歴史しかありません。

一方、我が国おいては、第二次世界大戦後にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の肝煎りで歯科矯正学の大学教育が本格的に開始されたことから、矯正歯科の歴史は70〜80年程で比較的新しい医療分野と言えましょう。私自身はこの分野に50年ほど身を置いてきましたが、振り返れば近代矯正歯科の歴史の半分以上に関わったことになり、感慨深いものがあります。

歯科矯正学が大学教育に組み込まれ、矯正歯科が生体を対象に治療が行われてきたことから、近代医療の一部であることには疑いの余地がありませんが、とても特異的な医療であると個人的には思っています。ほとんどの患者さんは見かけ(審美的問題)を気にして来院されますが、だからと言って美容系医療とは一線を画します。なぜならば、治療対象となる不正咬合には審美的要因だけでなく、咀嚼や呼吸などの機能的要因、さらには社会心理学的要因も関係するからです。

歯科矯正学においては、生物医学的なエビデンスに基づいて形態面や機能面を重視した教育がなされてきましたが、患者さんが気にする審美面および社会心理面についての教育は希薄でした。そのこともあって、術者側はどうしても不正咬合の機能面を重視しがちになっていました。もっとも、多くの不正咬合が何らかの機能的な問題を抱えているのは事実ですが、患者さんはその状態に慣れ親しんでいることから、機能的な不具合を実感することは稀で、治療動機がどうしても審美的な問題に偏ってしまいます。

ではどのように対応すれば良いのでしょうか? 私は、不正咬合という事象をそれに関わる機能的・審美的・社会心理的なすべての要因を統合した QOL(生活の質)モデルで評価し、患者さんのQOLが低下していれば、それを標準レベルまで向上させ、かつ良好な状態を長期維持できるようにするのが矯正歯科という医療ではないかと思っています。そのためには、術者は術者側のものの見方や考え方を押し付けるのではなく、患者側の主観的なものの見方をも受容した俯瞰的な治療を提供して問題解決を図ることが重要です。しかし、私自身がまだ満足できる域にまで達していないのが何とも歯がゆいところです(泣)