こどもの矯正治療のタイミング
最近SNSでは、こどもの矯正治療をできるだけ早期に始めなければ手遅れになると言うような意味の記事が目立っています。しかし、私にはいたずらに保護者の不安をあおり、意図的に治療に誘導しようとする医療ビジネスのにおいがして仕方がありません。
こどもの矯正治療のタイミングについては、エビデンスに基づいた標準治療(ガイドライン)が確立していないことから、それぞれの歯科医師の理念や経験で対応しているのが現状です。したがって、歯科医師に相談しても意見が異なるため、保護者が困惑するのは無理もないことです。
私は、こどもの矯正治療について保護者から意見を求められた場合、常におとなの矯正治療のことから話を始めることにしています。なぜならば、21世紀に入ってから矯正歯科における治療技術が革新的に進歩して、おとなであっても私たちが治せない不正咬合はほとんどなくなったからです。すなわち、例えこどものころに矯正治療を受けなかったとしても、多くの場合は手遅れではないことを意味しています。このことは、こどもの矯正治療のタイミングを考える上でとても重要なことです。
しかし、だからと言って、すべてのこどもの矯正治療をおとなになるのを待って始めるべきだと言うような極論に走るつもりはありません。なぜならば、発生頻度は決して高くはないものの、看過できない問題を伴う場合があるからです。例えば、(分かりにくいかもしれませんが)
- 上顎犬歯の萌出方向の異常によって切歯が歯根吸収
- 上顎と下顎の奥歯が横ずれして全く噛み合っていない(鋏状咬合)
- 永久歯が深い位置に止まっていて萌出してこない
- 特定の歯が干渉して顎の位置が定まっていない
などです。これらの問題は、放置すると取り返しのつかない状態になり、おとなになってからでは問題が複雑化して大掛かりな治療を余儀なくされます。できれば、このような看過できない問題の有無を小学3〜4年生までに歯科医師に確認してもらうことがとても重要です。
私たちは、子どもの矯正治療を2段階で行うことを推奨し、かつ実践してきました。すなわち、小学生のうちに約1年間という期限付きで行う第1期治療と顎成長が終息する高校生以降に行う第2期治療(仕上げ治療)とに明確に分けて対処する方法です。比較的発生頻度の高い不正咬合として、凸凹歯、出っ歯、受け口などがありますが、これらは必ずしも看過できない問題を抱えているわけではないので、第1期治療をスキップすることも可能ですが、程度に応じて2段階で対処するのが望ましいと考えています。なお、第1期治療と第2期治療の狭間(中学生〜高校生)は、思春期の真っ只中で、心身ともに大きな変化が生じることから、積極的な治療を行わず成長を見守ることにしています。2段階治療の場合、仕上げ治療を意味する第2期治療がより重要です。好むと好まざるとに関わらず、その治療結果を生涯にわたって持ち続けることになるからです。
私たちがこのような考え方に至ったのには訳があります。それは先のコラム「歯列矯正治療の失敗と再治療」で述べたように、こどもの頃の矯正治療が功を奏さず、悲惨な結果になっていた事例に少なからず遭遇したからです。そしてそれら失敗例の多くが、顎成長が終わるのを待たずに仕上げ治療まで施されていたため、残余成長などによって後戻りや再発をきたしていました。
第1期治療と第2期治療に分離した2段階治療の考え方は、例えば100人のこどもが矯正治療を受けたとして、100人全員が当たり外れなく満足のゆく結果を得て、良好な状態を生涯にわたって長期維持することを目指しています。それぞれできるだけ短期間の治療を心掛けていることから、「最小の努力で、最大の効果を」が2段階治療のキャッチコピーです(微笑)。