歯列矯正治療の失敗と再治療
今回のコラムの表題は、私が13年ほど前に上梓した本と同じタイトルです。これは矯正歯科における失敗学とも言えますが、私が東北大学病院で診療をしていた頃から続いている関心事の一つです。失敗学と言えば、畑村洋太郎先生がつとに有名ですが、先生は失敗を「人間が関わって行う一つの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」と定義しています。この定義は矯正歯科の臨床においてもそのまま通用します。一般的に、矯正歯科においては治療を始める前に治療ゴールを定めて、そのゴール達成に向けて治療を行いますが、それを達成できず、患者満足が得られない結果に陥ってしまうことを失敗と言い換えることができます。
人は神様ではありませんから、どのような名医であっても、失敗を完全に回避することはできません。私の関心は、遭遇したそれぞれの事例の失敗原因を考察して、その原因をある程度特定することができれば、轍を踏むことなく回避できる失敗もあるだろうと言う点にあります。私が前述の拙著を世に出したときに、同業者から批判を受けました。その多くは、失敗などという言葉を使うと、矯正治療がいかにも危うい治療と誤解され、患者さんにいらぬ不安を抱かせてしまうので好ましくないと言うものでした。しかし、現実的には、治療結果に満足できずに再治療を求めて相談に来られる方が今も続いています。私は、むしろ患者さんにこのような現実を知っていただき、失敗を避ける方策として、安易に矯正治療を受けることを避け、必ずセカンドオピニオンやサードオピニオンを得て、信頼できる先生に巡り合ってから治療を始めることをお勧めしています。
信頼できる先生を探す一つの方策は、日本矯正歯科学会ホームページ(https://www.jos.gr.jp/roster)に掲載されている認定医・指導医・臨床指導医リストを参考にすることです(専門医の育成)。もちろん、そのリスト以外でも優れた先生はおりますので、あらゆるチャンネルを通じて丹念に探索する努力が必要です。少なくとも、治療費が安いことだけを理由に治療を始めるのはとても危険です。
失敗に関連する私のもう一つの関心事は、失敗をリカバリーするための再治療です。深刻な失敗例は、成人期よりも成長期の治療に問題があったと思われる症例が多いように思っています。その理由については今後のコラムにおいて述べることにしますが、成長期の治療に問題があったとしても、実際にリカバリーを図るのは顎骨成長が終了する成人期になってからがほとんどです。失敗を失敗で終わらしてしまったのでは、患者さんのQOLを向上させるために行ったはずの矯正治療が、逆にQOLを生涯にわたって低下させてしまうことになるし、それこそ矯正歯科への信頼が失墜してしまいます。それだけに、最後の切り札としての再治療はとても重要な意味を持っています。
再治療に関して結論を述べれば、21世紀に入ってから、成人期の矯正治療に適用されるインプラント矯正やサージェリーファーストが考案されたことによって、例えどのような複雑な問題点を抱えている再治療症例であってもリカバリーが可能になり、患者満足度の高い治療結果を得ることができるようになりました。再治療を受けた患者さんの承諾を得て個々の事例を提示し、共通した失敗原因の特定を図るとともに、再治療の具体的な方法について記述したのが冒頭に紹介した拙著です。東日本大震災の前後に、出版社の指示で東京のホテルに缶詰になって執筆したのが今ではとても懐かしく思えます(涙)